これは贅沢な公道用カートだ!元ロードスター乗りのS660試乗記

     2015/08/23

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抜群の楽しさ。遊びに行ける。モノも運べる。普段の道でも違って感じて、海が見えたら幌開けて、ワインディングでガンガン走る。高速だってぐんぐん走る。でも飛ばさなくたって楽しい。手となり足となり、どこまでも一緒に行ける相棒。それは違います。マツダ・ロードスターです。

遊びに行ける。2人でドライブへ。海が見えたら屋根開けて、山道だったら小さなエンジン必死に回す。パワーは無いけれど、ちっちゃくて可愛ければ大丈夫。屋根を閉めれば荷物も乗るし、走りは普通の軽自動車。維持費だって安いしね。それも違います。ダイハツ・コペンです。

ドライブなら一人。事前の天気チェックはぬかりなく。気合いを入れて幌開けて、660ccを最後の一滴まで搾り取る。ワインディングは本気モード。街中でも本気モード。じゃなきゃこのクルマとは付き合えない。顔に水滴が落ちたら慌ててコンビニへ。恋人できたら荷物を捨てて、家族が増えたら誰かはお留守番。結局独り身専用マシン。存在はスーパーカー。でも200万で買える軽自動車。それがS660です。

ホンダ・S660を試乗しました。あいにくの小雨でしたが、なんとかオープンで走ることができました。乗ったのは、グレード「α」の6MT、カーニバルイエローです。

結論:いろいろ割り切った結果、良いスポーツカー、いや良い公道用カートができた。

書き連ねたら長くなってしまいましたが、お付き合いください。

走り

なにはともあれ、まずは走りの評価から。このクルマはそういうクルマですから。

試乗ルートは空いた4車線直線を数百メートル、そこからアップダウンが激しくタイトカーブのある2車線、坂の多い住宅街という流れでした。

エンジンパワー

さほど速度を出していませんが、660ccとしては十分頑張ったと思います。同じ660ccターボ・64馬力のコペンがパワー不足をかなり感じたのに対し、S660は必要十分なパワーがありました。

が、余裕が無いなぁとは思いました。コペンは「かったるい」。S660は「ちゃんと走るね」。そのレベル。「おおっ!」と感じる加速感は無く、パワーに関してはスポーツカーと言うにはまだ足りないなぁというのが正直な感想です。

スペック発表前には、64馬力の自主規制を超えてくるのではないか、と噂されていましたが、この車はそこを含めて完成形なのでは、と思いました。660ターボで90馬力くらいなら、あの車格・車重には十分だったのだろうなぁ、と思います。

ホンダのことですから、エンジンには余裕があってECUでパワーを抑えているだけだと思います。ECUや吸排気のチューンでエンジンパワーへの不満は解消されるのかもしれません。この辺りは十分に車が行き渡ってチューンの情報が出てこないと分からないことですが、チューンする楽しみのある車だと思います。

加速感

エンジンパワーにあるように、絶対的パワーは不足しています。軽とはいえ、車重は830kg(6MT)もありますから、加速に十分とは言えません。もう少しトルクが欲しいなぁと思うところです。

小排気量でターボなこともあり、極低回転でのトルクはかなり薄かったです。ここは排気量が増えないとどうしようもないんでしょうね。

エンジンの回転は滑らかで、高回転まですんなり回ってくれます。ですがすぐにレッドに来てしまう(レッドは7,000rpmから)ので、もう1000rpmあったらなぁと思ってしまいました。

足回り,リアミッドシップ・リアドライブであること

足回りは非常によくできていました。ふらふらすることなくしっかり路面を捉えてくれますし、荷重移動を十分感じられるのでスポーツドライブを練習するにはいい相棒になってくれるでしょう。

ミッドシップで後輪駆動であることは、ワインディングを流す程度でも十分感じられました。コーナリングしながらアクセルをじわりと踏み込むと、荷重のかかった後輪がスライド予兆を見せつつ「ぐいっ」とトラクションがかかる様は、完全にスポーツカーの動きそのものでした。軽量スポーツカーの割に踏ん張る力が強く、ブリティッシュライトウェイトの身軽さというより、本格スポーツカーのしっかりした動作を感じられました。

小手先の演出ではなく、ちゃんとスポーツカーとして作り込まれているなぁと感じましたね。

軽い車体のリアミッドに積んだ小排気量エンジン、2シータータルガトップという構成は、ライトウェイトスポーツの名門ロータスのスポーツカー「エリーゼ」そのものです。実際にエリーゼ(特に1.6 NAモデル)にも乗ってみると、S660と共通する部分が多く感じ取れました。詳細はロータスエリーゼ試乗記に書きました。

ドライビングポジション

少なくとも私には良好でした。着座位置が結構低いのがグッドポイントですね。

ペダルレイアウトにも無理がなく、ヒールアンドトウも十分可能です。

エクステリアデザイン

総評

S660-2スポーツ軽自動車とはいえ、先に登場していた同じオープン2シーターであるダイハツ・コペンよりもかなりストイックで純粋な「スポーツ」を感じられるデザインになっています。

軽 自動車なのでどうしてもサイズは小さくなっていますが、その割には存在感のあるアグレッシブなデザインになっています。小さいことを逆手にとって可愛い車 に仕立てた初代コペンとは対照的ですね。どうしても近い存在としてコペンと比較してしまいますが、エクステリアデザインの時点で、存在意義というかジャンルが違う車だなぁと感じさせられます。

リア

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リアは少し凝りすぎているように思いました。大型スポーツカーなら細かい造形でも主張できますが、小型スポーツカー、特に軽でこの造形はなんだかオモチャっぽくなってしまっているなぁと思います。フィットのガンダムっぽいリアに顕著なように、最近のホンダは変に凝ったゴテゴテしたデザインのせいでやすっぽくなっているなぁと思います。

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せめてこういうシンプルな美しさにはできないものかなぁ……。(下の写真はルノー・ルーテシア)

lutecia-rear

ドアノブ

ドアノブは正直どん引きです。指を入れて開けるタイプで、オープン2シーターの名車、初代マツダ・ロードスターと同じです。つまりはパクリデザインです。

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こちらが初代ロードスターのドアノブ。ちなみにこの形状、2代目で廃止になりました。理由はマツダ曰く「女性が開けるときに爪が割れるというクレームがあった」ということと、おそらくコストカット。

NA-roadster-doorknob

ジャンルの異なるクルマならまだ良いですが、細かい違いはあれど「ライトウェイトオープン2シーター」というジャンルの両車。しかも初代ロードスターは廃れかけたそのジャンルを復活させた紛う事なき名車です。「オマージュ」と言えば聞こえはいいですが、私はどん引きでした。

インテリアデザイン

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インテリアデザインは素晴らしい仕上がりです。コンセプトがしっかりしているからか中途半端さがなく、ストイックなスポーツコックピットになっています。

タルガトップタイプのオープン

爽快感

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S660の幌は、天井部分のみが取り外せるタイプの「タルガトップ」という形式です。フロントウインドウ以外すべて解放されるリアルオープンカー(ロードスター,スパイダー,バルケッタの類)に比べると、リアウインドウが残る分解放感はどうしてもやや劣ります。購入を検討される場合は、S660の他にマツダ・ロードスター,ダイハツコペン,BMW・Z4などのリアルオープンにも乗ってみて、その差が気にならないか確かめた方がいいと思います。

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ただ、通常のタルガトップに比べると、小さなリアウインドウがパワーウインドウになっていて開けられるため、開ければ解放感が多少改善します。

幌の開け閉め

幌の使い勝手は正直最悪レベルです。高級車を中心に幌でも電動が普及してきている時代に、クルマから降りないと巻き取れないのはかなりの減点ポイントです。

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操作性も工夫を凝らしたとは言い難いです。車内のロックは3箇所で、特に両端のロックは片手での操作が難しく、軽で狭いとはいえ運転席に乗ったまま3箇所はめる/外すのは結構大変です(無理ではありません)。ちなみに1989年の初代・ロードスターですらロックは2箇所で片手操作可能、3代目・4代目ロードスターはセンターのみの1箇所ロックです。もちろん幌の骨の構造がまったく違いますが。

ロックを外せば巻き取りですが、巻き取るということは運転席側で途中まで巻いて、助手席側に回って残りを巻き取ることになります。これも結構面倒です。巻き取る径もあまり小さくないので、両手で抱える感じになります。そしてあまり軽くはありません。さらに戻すときは端の骨を溝にはめないといけないので、慣れないうちは苦労するでしょう。

収納先はフロントボンネット内。まぁこれは仕方ない。フタ付きなので濡れる心配はありませんが、ラジエーターが近いので「夏に開けて走った後、閉めようと幌を取り出したら熱々になっていた」なんてことになりそうです。オープンカーに乗れば夏に開けるなんて狂気の沙汰だと分かりますが、私はそれでもよく開けて走っていました(笑)

幌操作の重要性

幌の開け閉めになぜこうもこだわるのかというと、幌開閉の容易さが幌を開ける頻度にかなり直結するからです。簡単に開けられる幌なら、「雨が降ったり暑くなったら信号待ちで閉めればいいや」となりますが、この手間だと確実に開けて走り続けるときじゃないと開けなくなります。

もっと言えば、S660以外のクルマと一緒に出かけるとき(二人乗りでスポーツカーだとこういうことは多いはず)、幌の開閉のために他のクルマと一緒にコンビニなどに入らないといけない。小さなことですが、意外とストレスになります。

S660はボンネットを開けて車外に出るので信号待ちでは100%無理(迷惑がかかる)。コンビニの駐車場でやっても頑張って1分程度でしょう。休日の気合い入れたドライブならいいでしょうが、「気軽に開けて走る」ではありませんね。

4代目マツダ・ロードスターの幌を操作するとビックリします。25年幌車を作るとここまで来るのかと。車内からでも軽々と一瞬で幌が閉じられます。S660の幌操作はとても現代の量産車とは思えません。初代・2代目ロードスターでも、車内から15秒程度で開け閉めできました。バイトなどでほぼ毎日ロードスターに乗っていましたが、10分の移動でも雨でなければだいたい開けていました。S660だとこの乗り方はできないでしょうね……。

改善すべきポイント

すぐできる改善ポイントを考えると、まずフロントボンネットの開閉。普通のFF車と同じく、車内のレバーで少し開き、隙間に手を突っ込んでフックを外すタ イプです。たまの整備ならいいですが、一度のオープン乗車で少なくとも2回操作する場所がこれでは最悪。セダンのトランクのように[車内レバー → 少し開く → 手をかければそのまま開く]にすべきです。

もちろん走行中に開いてはいけないからそうしているのでしょうが、走行中に操作できない電磁ロックにすれば済む ことに思います。オプションにしてコストは払わせる、でも良いと思います。フロントボンネットにダンパーがあるのがせめてもの救いですね。

使い勝手

このクルマの使い勝手は最低ラインです。特に収納は皆無に近いです。S660最大の割り切りポイントでしょう。

収納

ホンダが主張する収納場所は7つ。幌収納ケースを入れると8つです。

S660-receiver

  1. フロントコンソールトレイ。シフトノブ前方。財布とケータイ。
  2. グローブボックス。車検証しか入らない。
  3. コンソールポケット。ロッテの板ガム専用。
  4. リアコンソールトレイ。おにぎりくらいは置けそうだけど、ブレーキで吹っ飛ぶ。
  5. ドリンクホルダー。二人乗りなのに1つ。もうやっこ(名古屋弁で共同所有の意)。
  6. コンビニフック。じゃがりこの入った袋をぶら下げる。牛乳パックが入ったスーパーの袋は(重さもサイズも)無理。
  7. シートバックポケット。ロードスターのカタログが入る。地方地図は入っても全国地図は無理かも。
  8. 幌収納ケース。フロントボンネット内。生鮮食品は熱で死ぬ。長時間だと電子機器も壊れる。使うなら必然的にクローズド。

要するにほとんど何も置けません。諦めましょう。

収納がほぼ無いS660において地味にありがたいのが、シフトノブ前方に用意された「フロントコンソールトレイ」。財布と携帯電話がちょうど収まるくらいのサイズで、ズボンの(特に後ろの)ポケットに入れているモノを、車に乗るときにここに入れておこう、という場所です。

S660_pocket

以 前乗っていたマツダ・ロードスター(二代目NB)はケータイがギリ入る小さなポケットと、手袋が入る程度のドアポケットしか運転席側収納がなかったので、 こういう装備はありがたいですね。もっとも、二代目ロードスターにはグローブボックスもドリンクホルダーもCD入れもあったのでS660ほど収納には困りませんでしたが。

最大の収納場所、それは「助手席」。つまり荷物を置くなら一人で乗れと。

スポーツカーなので必要以上の収納は不要です。ですが、二人で1泊旅行も苦しい、二人でサーキット行ったら工具も乗せられない、キャリーバッグ転がしながら遊びに来た友達を駅に迎えに行くことすらできない。これでは実用車としては失格です。

乗降性

ドアのヒンジ付近に余裕が無く、足の出し入れはしにくいです。でも小さなことですし、慣れでどうにかなるレベルでした。(もっと足が長い人は違うかも?)

総評

これはスポーツカーではありません。公道用カートです。

7人乗れる500万のアルファードより、荷物も乗る300万のロードスターより、200万のS660の方がよっぽど贅沢です。一人ドライブとサーキット以外ほとんど使えないクルマに200万円もだして維持するなんて普通の人にはできません。税金の安さしかほぼメリットの無い軽自動車枠なのに、S660は贅沢の極みです。

S660の内容は、カートにまともな内装と幌と黄色いナンバーが生えて公道用に仕立てただけです。

  • エンジン、足、走り、ドラポジ、コックピットデザインにはこだわりました。
  • 幌の開閉、収納、使い勝手は捨てました。

選択と集中ですよ。全部入りを作ろうとしたって、国内には王者・マツダロードスターがいるから絶対に敵いません。

色々切り詰めて作り上げたスポーツカーとしてはロータス・エリーゼがありますが、あちらは600万円~です。もちろん限界は圧倒的に上ですが、エリーゼ(特に自然吸気モデル)と同じようなライトウェイトミッドシップスポーツを操る感覚を、わずか200万円の車体と格安の維持費で所有できるとはなんと素晴らしいことでしょうか。普通のサラリーマンが新車600万円の2シーター輸入車に乗るのはかなり厳しいですが、200万円の国産軽自動車ならやってやれないことはないと思います。

コンセプトをハッキリ決めて、中途半端にならずに、やるべきことと捨てることをちゃんと選んだからできた、素晴らしいクルマ、いや素晴らしい公道用カートです。

S660に興味がある人は、新型ロードスター試乗記よりもロータス・エリーゼ試乗記を読むと良いと思います。

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